安全衛生マガジン12月号
1.【日々安全】
【不安全な状況に妥協しない人と職場づくり(現場力強化)】
仲間の安全を思いやる職場
作業の実践面を担当する職場は、「与えられた仕事を最後まで正しくやりきる」
ことが求められています。
この正しくやりきるとは、作業標準や作業手順書などの当たり前のことを「決められた
とおり、毎回、全員が実践する」という高い「職場規律」に基づいて、現場の一人ひとりが
自ら考え、責任をもってやり遂げるということを意味しています。
遠藤功著の「現場力を鍛える」(東洋経済新報 2004年発行)によれば、当たり前のことを
当たり前のように実践して成果を出していく現場に共通するポイントを整理すると次の5点に
集約されるといっています。
- 結果を出すのは自分たちだという強い自負・誇り・当事者意識を現場が持っている。
- 現場が会社の戦略や方針を正しく理解・納得し、自分たちの役割をきちんと認識している。
- 結果を出すために、組織の壁を乗り越えて結束・協力し、知恵を出し合う。
- 結果が出るまで努力を続け、決して諦めない。
- 結果を出しても奢らず、新たな目標に向かってチャレンジし続ける。
以下の協調行動型の行動様式を持つ安全文化の特徴にも共通する所が多々あります。
- 作業チームには、スムーズな双方向のコミュニケーションがとられ、良好なチームワークが
できている。 - 従業員は、仲間同士の思いやりの心が定着し、共同作業者の不適切な行動に気づくと気軽に
声をかけることができ、注意された共同作業者は、気持ちよく助言を受け入れることができる
協調行動が浸透している。 - 従業員は、職場や仕事に対してプライドがあり、強い現場力の原動力になっている。
- 職場の全員に高い職務規律が定着し、責任感も強く、作業の改善意欲が高い。
- 管理者は、強い現場力をコーチングによってリードするとともに、適切な経営資源の投入に
よって職場の安全衛生活動をサポートしている。
職場の全員が、「仲間の安全を思いやる心」を持つことによって「相互声かけ」などの職場の
コミュニケーションが活発になるとともに問題意識の共有化が進み、創意や工夫が次々と湧き出て
職場が活性化していきます。そして、職場の活性化が仕事への役割意識や誇りを生み、当たり前の
ことをきちんとやりきることのできる強い職場が形成されていきます。
この強い現場力が、「行動ベースの取り組み」を推進する原動力になって、技術ベースの取り組みで
下げきれなかった残留リスクに対して職場の一人ひとりが不安全な状況に妥協することなく、
積極的に安全な行動をすることによってリスクを回避し、事故や災害を防止していきます。
「技術ベースの取り組み」と「行動ベースの取り組み」が一体運用することによって、はじめて
高いレベルの安全成績(事故ゼロ、災害ゼロ)が実現するとともに、安全文化要素が強化されて
協調行動型の安全文化が組織に定着します。

2.【日々健康】
【最近の労働衛生に関する動向・法令施行】・・抜粋
「化学物質管理強調月間」の創設(令和7年2月より)
化学物質の自律的な管理が令和6年4月1日より全面的に施行されました。
新たな規制の対象となる化学物質(リスクアセスメント対象物質は順次
拡大され、令和8年4月までに3,000物質程度が指定される予定です。これに
伴い、リスクアセスメント対象物を製造または取り扱いする事業者は、業種、
規模に関わらず、化学物質管理者の選任など必要な実施体制を確立した上で
自律的な管理における対策を講じることになっています。
このような背景を踏まえ令和7年2月から「化学物質管理強調月間」を
創設しました。
- 期間:毎年2月(2月1日~28日)(第1回は令和7年2月)
- 対象となる事業者の実施事項
- 事業者又は統括安全衛生管理者による職場巡視
- スローガン等の掲示
- 化学物質管理に関する優良職場、功績者等の表彰
- 有害物の漏えい事故、酸素欠乏症等による事故等緊急時の災害を想定
した実施訓練等の実施 - 化学物質管理に関する講習会・見学会等の開催、作文・写真・標語等の
掲示、その他化学物質管理への意識高揚のための行事等の実施 - 日常の化学物質管理の総点検
「健康に留意した飲酒に関するガイドライン」の公表
~飲酒量の把握は「ビール何缶」から「純アルコール量」へ~
厚生労働省が国内初となる「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」
(以下、「本ガイドライン」という。)を令和6年2月に公表しました。
本ガイドラインは、飲酒に伴うリスクに関する知識の普及及び推進を図るため、
国民がアルコール問題への関心と理解を深め、適切な飲酒量、飲酒行動の判断の
一助となるよう作成されたものです。海外では既にそれぞれの国民に合わせて
飲酒に関するガイドラインが作成されていますが日本では初めての公表となります。
本ガイドラインの特徴は、「純アルコール量=酒に含まれるアルコールの量」で
健康へのリスクを示している点です。ビールやワイン等、種類によってアルコール
度数は異なるため、純アルコール量を単位として使うと、異なる種類のアルコール
飲料を飲んだ場合でも、1つの尺度で飲酒状態を把握できるとしています。
アルコール量に含まれる純アルコール量の計算式
「摂取量(ml)×アルコール濃度(度数/100)×0.8(アルコール比重)」
例:ビール500ml(5%)の場合の純アルコール量
500ml×0.05×0.8=20g
「飲酒量(純アルコール量)が少ないほど、飲酒によるリスクが少ない」という
報告もあり、本ガイドラインでは飲酒量をなるべく少なくするよう述べるとともに、
純アルコール量と疾患などの発症リスクの関連についても言及しています。
不適切な飲酒は、健康障害や問題行動、長期飲酒によるアルコール依存症など
様々な問題を引き起こすリスクが生じます。
本ガイドラインの主旨でも「お酒は、それぞれの伝統と文化が国民の生活に深く
浸透している」と述べており自分自身で「適切なお酒の量」知って、上手に付き合う
ことが「肝」要でしょう。
「健康に留意した飲酒に関するガイドライン」(PDF)
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001211974.pdf
以上
3.【日々生活】
【考えすぎていいことは一つもない】
「善を思わず、悪を思わず」・・慧能
人間が憂鬱になる原因は決まっている。一言でいえば「友がみな、われよりえらく
見える」ことだ。どんな「友」に囲まれているかは問題ではない。ここがポイントだ。
私が若いころ、うつになったのは、まさにこれがまさにこれが原因である。
地方の秀才だった私は、自然と、かなりの自信家でもあった。ところが、都会の一流大学に
入学してみると、全国規模で秀才たちが集まっているではないか。彼らは多分、私とそう
変わらない程度だったのだと思う。地方で思い上がっていた天狗の鼻は、見事に折られた。
そうなると、周囲の友がみな、私より「えらく見える」ようになる。身なりや立ち居振る舞い
まで、自信がなくなった。みな、私より読書家で、物知りで、話がうまく、しかもセンス抜群に
思える。自分自身は全く変わっていないのに、自己評価がジェットコースターのように急降下して
しまったのである。
その結果、うつになってしまったのだ。
こんな私の経緯からもわかるように、うつ状態は、簡単につくることができる。
アメリカで以前、こんな心理学の実験があった。グループで試験を受けさせ、「あなたの成績は
最下位だった」とささやきかけるのだ。それだけで、ほとんどの被験者がうつ状態になってしまう。
友がどうだの、人がどうだの、いらぬことは考えない方がよい。また、余計なことは知らないことに
こしたことはない。これが精神をおだやかに保つ秘訣だ。
「善を思わず、悪を思わず」(不思全、不思悪)
これは、禅の開祖である達磨大師(ボーディダルマ)から六代目(六祖)にあたる・慧能禅師の言葉である。
慧能はまだ出家もしていない寺男のような身分のうちに、五代目・弘忍禅師の法を継いだ。そのうえ、法を継いだ
証である法衣と持鉢を持って修行の旅に出てしまった。弘忍の弟子たちは怒って、あとを追った。
ところが最初に追いついた恵明は、慧能の姿を見ただけで、素晴らしい人格があふれ出ていることを感じ取った。
そして、怒って追ってきたことを忘れ、深く膝を折って、「私は法を求めてまいりました、お教え下さい」と素直に
心から教えを乞うた。
すると慧能は、ひとこと「不思全、不思悪」と教えさとしたという。「よいことも悪いことも、何も思わない。
優劣とか勝敗を考えるのは、つまらない。考えすぎていいことはひとつもない」と言ったのである。
「もの思わざるは仏の稽古なり」という至道無難禅師の言葉もある。
無難禅師は江戸時代初期の名僧だ。長く在家のままで修業し、出家したのは五十三歳のときだった。当時でいえば
晩年である。それでも、現在の臨済宗と黄檗宗の流れのおおもとをつくったといわれる。
それほどの功績を遺した名僧が教えの根幹に置いたのが、「もの思わざる」習慣を身につけることだったのだ。
若き日の私が、この教えを知っていれば、どうだっただろう。天狗の鼻は折られても、「だから自分はダメなのだ」と
落ち込むことはなかったと思う。友は友、自分は自分と受け止めたろう。苦しむことはなく、うつにならずに済んだかも
しれない。
とはいえ、何も考えないのは、じつは結構難しい。難しいことを少しでもやさしく身につけるために、禅では座禅を
すすめている。
私が静岡県三島市の龍沢寺にこもり、座禅三昧の日々を送ったのは、四十歳に手が届くころだ。
それまでは、いわば自分流の全だったかもしれない。本を読んだり、高僧の講演を聞いたりし、教えられた通り座禅を組む。
そして、心を澄ませようと試みた。「出家もしていない身分」のようなものだったが、それでも、私の人間性は少しずつ変わって
いった。
そのうえで、思うところがあって龍沢寺に参籠した。寺にこもった日々のことは忘れられない。約一週間は決して長期間では
なかったが、この日々が、よりしっかりとわたしの心の中に禅を定着させてくれた。
寺は、訪れる人を拒まない。禅寺を通りかかることがあったら、ぜひ、境内に足を踏み入れ森閑と澄んだ雰囲気だけでも
あじわうひとときを過ごす。それだけで、心がスーッとらくになる。
出典:「心がスーッとなる禅の言葉」 高田 明和著 成美堂出版刊 より抜粋

